そのときは突然訪れた

アルバイトから帰宅し、夕食を済ませた後の出来事だった。
何の気なしに開いた動画投稿サイトを眺めていると、一瞬画面が真っ赤になり、画面をスクロールをしていた指が止まった。火山の動画かと思ったら、それは丸亀製麺が10月23日から期間限定で提供している「うま辛坦々うどん」のレビュー動画だった。
動画の内容ははっきりとは覚えていない。丸亀製麺の特設サイトで辛さをMAXに出来るということ、そしてそれを食べた投稿者が辛さに喘いでいたということ。この2つの情報だけが頭の中に入ってきた。
僕は辛いものに目がない、所謂辛党だ。しかも、対象が辛ければ辛いほど挑戦心が燃え上がる。気がつくと僕は特設サイトにアクセスし、辛さの上限値である100辛の裏メニューチケットを発行していた。

「丸亀製麺に行かねばならぬ」
謎の衝動に駆られ、今し方夕食を済ませたばかりであるにも関わらず、自宅を飛び出した。時刻は20時を少し過ぎた頃だった。辛党である自分はこれまでの経験と動画で見たうどんのビジュアルから長期戦の予感を感じていた。急がなければ閉店までの時間、即ちタイムリミットが減ってしまう。シティサイクルのストッパーを乱暴に蹴り飛ばし、日が暮れてすでに辺りが暗くなっている街を駆けた。

¥1,650

丸亀製麺のことを知らない人のために一応説明しておくと、丸亀製麺はセルフサービス形式で料理を提供している。入店したらまず、カウンターでうどんを注文して受け取る(基本的にすぐにうどんが出てくる)。そしてお好みの天ぷらやおむすびを皿に取って、会計を済ませてから食事をするという流れだ。
丸亀製麺に到着した僕は挙動不審だったに違いない。あまりに急いでいたので注文の際にうどんのサイズを注文することすら忘れていた。料理は出来次第、席に運ばれるとのことだったのでそのまま会計へ。レジの画面に表示された金額に僕は驚いてしまった。
「せ、1,650円…」
県内であればちょっと贅沢なランチができるレベルの金額だ。何も考えずにここへ来てしまったことに、僕は少しだけ反省した。
店内に人は少なかった。僕はカウンターのすぐ近くの席に腰掛けてリュックを下ろし、上着を脱いでうどんの到着を待った。

赤い

程なくして表情を失った店員が僕の席へ向かってきた。その手元からは妖気が漂っていた。鼻腔が刺されるような感覚に襲われ、目の前の空気を扇いだ。丼の中は血に染まったように赤かった。中央には申し訳程度の野菜がその緑色を覗かせており、蝕むように唐辛子の粉が表面を覆っていた。丼に箸を入れると、液体がゆっくりと動いた。スープの上層部はほぼ油で、その下でそぼろ状の肉と味噌ベースと思しきタレが揺蕩っていた。感覚を頼りにスープの中の物を掴んで持ち上げてみると、赤いスープに調教されたうどんの麺を確認することが出来た。生唾を飲み込んだ僕は、うどんに息を吹きかけて麺の表面の熱を冷まし、うどんを啜った。


かつてこれほどまでに邪悪なビジュアルのうどんを見たことがあっただろうか。
麺にはおびただしい量の唐辛子がしっかりと絡みついている。

一杯食らえ

うどんを咀嚼するとともに麺と味噌,そして唐辛子の風味が一体となって広がる。そして熱と唐辛子の辛味がビリビリと舌を刺激してくる。あぁなんて素敵。でもここからが大変なんだ。僕は急いで麺を啜った。恐怖で箸を止めることが出来なかった。
100辛の辛さがいずれ必ずくる。
そう思いながら麺を啜り続け、とうとう麺を食べ終えてしまった。僕は逆に衝撃を受けた。いつまで経っても恐れていた辛さが感じられない。僕の舌は心地よい痺れを感じるだけだった。
いや、スープがよく絡んでいなかっただけかもしれない。そう思った僕は丼を手に持ってスープを直接啜った。しかし、スープの表面は油でしかなく、口の中がヌルヌルになって一気にテンションが下がってしまった。今度はレンゲを取り、丼の底に沈んでいるタレをすくい、口に含んだ。うぉっ、タレが…タレが…ッ!

大層旨い。

タレは肉の旨味が十分に溶け込んでおり、舌が引き込まれるようなコクのある、まろやかなものだった。そして時折、やはりビリビリとした辛味を感じる。いやぁ、旨い。実に旨いなあ。だがしかし、僕の手は焦っていた。ちょっと贅沢なランチに相当する価格分の辛味を丼をひっくり返して探す勢いだった。ひとしきり丼の中を掻き回して僕は気付いた。つまりこのうどんは、味わい重視の優等生系激辛グルメであり、辛さの限界を試すような試練系激辛グルメでは無かったのだ。そっかぁ…。
僕は赤い海を眺めながら一人笑った。丼が真っ赤な舌を見せて僕のことをからかっているかのようにも感じられた。
気が済んだ僕は上着を着てリュックを背負った。そして最後にもう一杯だけ、レンゲでタレをすくって口に含んだ。
「やっぱり…旨いな。」
また丼が「そうだろ?」と僕に嗤ったような気がした。


うま辛坦々うどんの裏メニュー:Web限定100辛のチケット。
丸亀製麺の特設サイトにアクセスし、好みの辛さのチケットを発行することが出来る。
うま辛坦々うどんの通常価格は¥650で、辛さが上がると価格も上がる。
ちなみに、店頭では最大20辛(~+¥200)まで注文することが可能。

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